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憧れているのに、なぜか苦しくなる理由

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憧れる状況はあるのに、
なぜかそのやり方を選ぼうとすると苦しくなる。

自由に働いていたり、
豊かに見える人たちを見て
「いいな」と思う気持ちは本物なのに
いざ自分が同じやり方をやろうとすると
重くなるし、続けられる気がしない。

私の場合、実際にある人から
「これが正解だよ」と言われたやり方を
頭では「これが正解なんだろうな」と思いながら
違和感を無視して実践していたときに
なぜかずっと苦しかったです。

でもその体験から得た
私なりの大事な気づきは

私が憧れていたものは
“その人の在り方(の一部)”であって
“そのやり方”じゃないということ。

そこを取り違えると
本当は合わないと感じている「やり方」に
自分を合わせようする羽目になり
苦しくなるんだ、ということでした。

誰かの正解に乗ろうとすると、ズレる。
そのズレを無視すると、苦しくなる。

「そっちじゃないよ」と教えてくれる
その違和感に正直でいることには
勇気が必要だったりする。

あの人の正解を歩けば、

例えば、、

私も稼げるかもしれないのに、とか。
有名になれるかもしれないのに、とか。

私にもキラキラした生活が
待っているかもしれないのに、とか。

そういう状況だったとすると、
それを選ばないって、、別の勇気がいるよね。

誰かの正解を歩く方が安心で確実で楽だからね。

そんなときに「あ〜誰かの正解にぶら下がって生きていたかったんだなぁ」という自分の弱さも見つめることになる。

私が感じている違和感を
ときに人は、

それってお金のブロックでしょ?とか
恒常性バイアスっていうものがあってね、
などと教えてくれる。

そうかもしれない。
でも、ちょっと違う気もする。

変化を嫌っているわけではなくて、ただ、

何ていうか、、
そのやり方ではなくて。

何かこう、、別の、、
いつもそこで言葉に詰まる。

じゃあ、どうする?

これは私が
よく私に問い続けた言葉で、

それを延々とループする中で
気づいたのは

きっと私には
私が創るべき新しい何かがあるんだろうということ

外に答えを探しても延々と見つからない、
ということは

外の世界を見渡しながら、
「これじゃない!あれでもない!」
というものを沢山みて、体験して、イライラして
それを自分の壁打ちの材料にして

自分の内側にある答え(=理想)の解像度を
もっと上げなさい!!!
ということだった

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この記事を書いた人

アナログ文系サラリーマンを経てブロガーへ転身

「PC1台でゼロから自立する力を」

をモットーに活動しています

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